前号では、エコデザインとリペアを巡る日本の法制度を俯瞰したうえで、結びにおいて「長寿命化とリサイクルのせめぎあい」を次の機会に掘り下げたいと申し上げました。
今月はその予告どおり、個別リサイクル法のなかでも最も緻密に作り込まれた制度のひとつである自動車リサイクルへと、対象を一段広げてみたいと思います。
あらかじめ本稿の問いを一つ立てておくならば、効率とコストを最優先に組み上げられた現在の自動車リサイクルが、量としては見事に循環を回しながら、その一方で静かに何を失い続けているのか――突き詰めればこの一点に行き着きます。
●効率を突き詰めた制度――自動車リサイクル法とカーシュレッダー
まず制度の骨格を確認しておきます。2002年に制定され2005年に本格施行された自動車リサイクル法は、使用済みとなった自動車から生じるシュレッダーダスト(ASR)、エアバッグ類、そしてフロン類の三品目について、自動車メーカーと輸入業者に引取りと再資源化の責任を負わせることで、拡大生産者責任の考え方を明確に制度化した法律です。
使用済み自動車はまず解体されて有用な部品や液類が抜き取られ、そののちカーシュレッダーと呼ばれる大型の破砕機にかけられて細かく砕かれ、磁力選別で鉄が、渦電流選別などで非鉄金属が回収されたうえで、最後に残ったプラスチックやウレタン、ガラスなどの混合物がASRとして処理へと回されていきます。
この仕組みは、限られたコストと時間のなかで大量の廃車を効率よくさばくという点において、きわめてよくできています。
実際、自動車リサイクル法が求めるリサイクル率は段階的に引き上げられ、2015年以降はASRについて70パーセント以上という高い水準が課され、現場はそれを着実に達成してきました。
ところが、ここで一度立ち止まって考えておきたいのは、この「リサイクル率」という指標が、あくまで重量を基準にした「量」の物差しにすぎないという点です。
何トンのうち何トンを再資源化したかは語っても、その鉄が「どのような質の鉄として」次に生まれ変わったのかについては、この数字は何も語ってはくれません。
●見落とされる「鉄の質」――高級鋼が建材へ落ちていく
そこで問題になるのが、鉄の質です。自動車の車体に用いられる鋼板は、軽さと強さを高い次元で両立させるために成分が精緻に調整された高張力鋼など、いわば徹底的に作り込まれた高級鋼にほかなりません。
ところが、車をまるごと破砕して鉄を回収するという工程を通ると、車内に張り巡らされた電線などに由来する銅が、鉄スクラップのなかに分離できないまま混じり込んでしまいます。
銅をはじめとするこうした不純物は、専門的にはトランプエレメントと呼ばれ、いったん鋼のなかに取り込まれると事実上は取り除くことができず、鋼材の品位をじわじわと下げてしまう、きわめて厄介な存在です。
その結果として、何が起きているのでしょうか。せっかくの自動車用の高級鋼が、混入した不純物ゆえにふたたび自動車鋼板へと戻ることができず、多くの場合は鉄筋や鉄骨といった建設用の鋼材へと、一段も二段も品位を落とした姿で使われていくのです。
これがいわゆるカスケードリサイクル、すなわち滝が上から下へと落ちていくように、素材が本来の等級よりも低い用途へと下りながら循環していく現象です。
量の帳簿の上では、鉄はたしかに循環し続けています。しかし質の階段の上では、それは一段ずつ確実に下りているわけです。
●「今から」の水平リサイクルは、なぜ難しいのか
ならば、車から車へと同じ等級のまま戻す「水平リサイクル」、いわゆるCar to Carはできないのか、という疑問が当然に湧いてきます。
技術の側では、近年たしかに前進が見られます。環境省の実証事業では、鉄スクラップを原料とする電炉で、高炉並みの品質をもつ自動車用の高張力鋼板を試作することに国内で初めて成功したと報じられ、電炉大手が自動車材へ参入しようとする動きも出てきました。
とはいえ、これをもって水平リサイクルが目前に迫っていると考えるのは、いささか楽観が過ぎるように思います。
難しさの本質は、むしろ制度と社会の側にあります。シュレッダーによる一括破砕を前提とした回収・選別の仕組みが、すでに社会のインフラとして深く定着してしまっているからです。
まとめて砕くという工程そのものが不純物の混入を生む以上、水平リサイクルを本気で回そうとするならば、破砕の手前、すなわち解体や部材ごとの選別といった川上の段階から、仕組みそのものを作り替えなければなりません。
効率とコストを極限まで最適化してきた既存の流れの上に、高度選別による水平リサイクルを「今から」上書きするのは、口で言うほど容易ではないのです。
●失われている価値を、どう評価するのか
ここで、前号の結びに掲げた問いが、姿を変えてふたたび戻ってきます。
現在の制度が循環を測る物差しは、繰り返しになりますが、重量ベースのリサイクル率という「量」の指標でした。この物差しのもとでは、高級鋼が建材へと落ちていくときに失われている「質」――すなわち、その鋼を作り込むために投じられた膨大なエネルギーと、そこに宿っていたはずの高い機能性――は、まったく数字のうえに映りません。
そして、映らないものは当然ながら誰の損益にも計上されず、政策上の課題としても浮かび上がってはこないのです。
けれども、その失われた価値は、どこかで確実に支払われています。品位を落とした鉄の穴を埋め合わせるために、私たちはあらためて鉄鉱石を掘り、高炉で膨大なエネルギーとCO2を投じて、高級鋼を一から作り直しているのですから。
カスケードによって静かに失われていく価値とは、いわば将来世代へと先送りされた請求書にほかなりません。
だとすれば、いま本当に必要とされているのは、リサイクルの「量」だけでなく「質」をも可視化する物差し――素材の等級がどれだけ保たれたのかを織り込んだ、新しい循環の評価軸なのではないでしょうか。
●自動車のサーキュラーエコノミーは、どこへ向かうべきか
この点において、欧州の動きは示唆に富んでいます。欧州委員会は2023年7月、使用済み自動車に関する新たな規則案(ELV規則案)を公表しました。
そこでは、型式ごとに循環性の戦略を立てることをメーカーに義務づけ、一台ごとに「循環性パスポート」を持たせ、新車に用いるプラスチックの最低25パーセントを再生材とし、さらにそのうち一定割合を使用済み自動車に由来するものとすることまで求めようとしています。
鉄鋼やアルミニウムについても再生材の含有率を検討するとされており、要するに、設計の段階から「質を保ったまま戻せること」を市場流通の条件へと組み込もうという発想が、そこにははっきりと見て取れます。
ひるがえって日本には、世界に誇るべき回収・解体の現場力と、素材そのものを作り込むものづくりの底力とが備わっています。
だからこそ、効率とコストを一辺倒に追いかけてきたこれまでの循環から、素材の質を保つ循環へと、静かに舵を切っていく余地は十分に残されているはずです。
前号で論じた長寿命化の議論とちょうど同じように、自動車のサーキュラーエコノミーもまた、「どれだけ回したか」から「どれだけ価値を保ったまま回したか」へと、問いの立て方そのものを更新すべき時期にさしかかっているのだと、私は考えています。
次号では、この「質を保つ循環」という視点に立った取組みの可能性について更なる議論を展開したいと思います。
主要な参照先: 経産省 自動車リサイクル法・ASR / 鉄源協会 トランプエレメント解説 / 日経xTECH 東京製鉄の自動車材参入 / ジェトロ EU ELV規則案
著者プロフィール
合同会社オフィス西田 チーフコンサルタント 西田 純
脱炭素と循環経済をおカネに変えて成長につなげる方法論の第一人者。産学連携・企業間連携による循環経済モデルの実践と増客を様々な事例で実現し、環境ビジネスを中心としたクライアントから高い評価を得ている。国連工業開発機関UNIDOに職員として16年勤務、多国間環境条約に関わる技術協力事業に多数関わる。国連を介した環境協力の実態や国際交渉の裏側をつぶさに見聞した経験に基づき、サステナビリティ実現のための「思想設計力」が持つ価値の重要性を訴えている。UNIDO公認フィージビリティスタディトレーナー。